門徒もの知らず

門徒もの知らずという言葉をご存じでしょうか。不勉強を差す言葉として使う人も時折おられますが、この言葉は正確には「門徒 物忌み知らず」といって、数多くある俗信・迷信を気にすることなく生活している姿を、傍から見た人が揶揄する言葉として使用されていました。

親鸞聖人は、

悲しきかなや道俗の 良時吉日えらばしめ 天神地祇をあがめつつ 卜占祭祀つとめとす

「悲しいことに、僧侶も俗人も何をするにも日の善し悪しを気にして、天の神、地の神を奉って、占い・まじないにかかりきりになっている」

と、仰いました。浄土真宗の教えに生きる人は、病気や重苦があっても呪いや祈祷、お守りに頼ることをしませんでした。当時の世相からすると大変な驚きであったために生まれた言葉だったのでしょう。

現代でも物忌みというと、例えば病室には4(死)や9(苦)を連想させるとして使われない数字があります。四国や九州に住む人はどうなるのでしょう?大安に結婚式をしてもずっと一緒にいられるとは限りませんし、友引を避けて葬儀をしても、ときには御夫婦や友人が間を置かず亡くなることもあります。

葬儀に関わることには特に多く見られます。一膳飯に箸を立てる、棺の上に守り刀を置く、出棺の際には茶碗を割る、棺を回して方向をわからなくしようとしたり、清めの塩を香典返しに入れたり。明日がどうなるかわからないのは不安だからと、占いをしたり、厄払いしたり、方角を気にしたりする人もいます。

800年の時を経て、科学はかつてないほど発達を遂げた現代でも、「物忌み」は数多く残っています。それは、死や病、老い、そして生きること、といった人間の根本的な苦しみが今も変わることのない証なのかもしれません。

仏教の教えは、お釈迦さまの一切皆苦(人生は、私の思い通りにならない)という言葉から始まりました。私の思い通りになったことの裏側には思い通りにならないことが引っ付いています。生老病死は私が抱えて生きていく他ない、自然の摂理です。その人生における一日は、二度と過ごすことのできないかけがえのないものです。自分にとって都合の悪いことを忌避するあまり、根拠のない俗信・迷信に迷ったり、不安になる必要のない人生を歩んでいきたいものですね。

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